携帯以前

2025年5月14日開設、5月29日 goo ブログより移転

移転開設の御挨拶

 この「携帯以前」は、中学以来書き溜めた小説を新しいものから順に投稿して1つの「小説集」にする計画であった。ところが修士の院生時代に書いたものから始めて、順調に進めていたのだが、高校時代に書いて文藝部誌に載せた怪異談集を、大学時代に内容を若干差し替えてサークルの同人誌に再投稿したのだけれども、それを片方の Version だけ載せるか、異版として両方載せるか、混ぜて集大成するか迷ったところで滞ってしまった。いや、その前に中島敦の模倣で、当時ワープロを持っていなかったので外字を作って入力してもらった短篇の入力で初手から躓いてしまったのだった。

 そんな訳で高校時代まで遡らずに中絶してしまったのだが、今となっては遡らずに置いて良かったと思っている。その後、殆ど閲覧者のいない過疎ブログとして、極稀に閲覧者があっても小分けに投稿している小説の続きを読もうとする者は皆無で、別にどうもせずに放置していたのだが、昨年4月、goo blog より「【重要】長期間ご利用がないブログの編集機能停止について」なる通知が来、更に先月、goo  blog ブログのサービス終了が発表された。

 そこで今改めて読んでみると、少しは面白いところもあるし、なくしてしまうには惜しいような気がして、Hatena Blog に移転開設することにした。以来、第一部の抄録(!)しか発表していない「さくらはるかぜ」の、構想はあるのだけれども余りにも御花畑展開なので書かなかった第二部が、御花畑設定でなく書けそうに思われたので、ぼちぼち「携帯以後」の続篇・新作も書いてみようと思っている。

「さくらはるかぜ」第二部初期構想について

 当ブログは5月14日に開設して、しばらくそのままにするつもりだったのだが、15日に御挨拶を投稿してみた。誰も閲覧者がいない。まだ goo blog からの移転はしていない。しかし、ぼちぼち「第一部・完」となっていた収録作「さくらはるかぜ」の続篇などを思い付いて書き出しているうちに、あれやこれやメモして置きたくなった。かつ、誰にも気付かれていないのであれば記事として日付入りで載せてしまっても良いように思えたのである。そのうち「さくらはるかぜ」本篇なども移転掲載することになるが、どうせ殆ど誰も読まぬのである。と前置きして、今日、仕事から疲れて帰って来て、まだ週明けに備えて作業が必要なのだが、取り掛かる気にならないまま書き散らしたメモを1本めとして上げて置こう。

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(以下は別ブログ「携帯以後」2025-07-17に転載。)

継続予告

このまま遡って初期の作品を投稿するつもりが、13年近くも放置することになってしまった。
と、先刻、goo blog より「【重要】長期間ご利用がないブログの編集機能停止について」なる通知が来た。
この先、投稿すべき作品数が多い訳でもなく、初老と云っても良い自らの身辺整理も兼ねているので、別のブログに移行せずに goo blog での完結を目指そうと思い、ID情報の更新を行った。
ただちに再開するわけではないし、別に告知しても誰も気付かない(!)のだけれども、自分の心覚えのために投稿して置く次第。

猿野物語(1992)その01

猿野物語

柳戸國男




〔序〕此話はすべて猿野の人濱中源ぴよ君より聞きたり。昨昭和五十二年の二月頃より始めて夜分折々訪ね來り此話をせられしを筆記せしなり。源ぴよ君は誠実には非ざれども話上手なる人なり。自分も亦一字一句をも加減せず感じたるまゝを書きたり。思ふに猿野郷には此類の物語猶數百件あるならん。我々はより多くを聞かんことを切望す。國内の町村にして猿野より更に阿呆らしき所には又無數の愚昧妄言の怪説あるべし。願はくは之を語りて文化人を仰天せしめよ。此書の如きは陳勝呉廣のみ。
(中略)
 思ふに此類の書物は少なくも現代の流行に非ず、如何に印刷が容易なればとてこんな本を出版し自己の狭隘なる趣味を以て他人に強ひんとするは無作法の仕業なりと云ふ人あらん。されど敢て答ふ。斯る話を聞き斯る處を見て後之を人に語りたがらざる者果たしてありや。其樣な沈默にして且つ愼み深き人は少なくも自分の友人の中にはある事なし。況や我九百年前の先輩今昔物語の如きは其當時に在りて既に今は昔の話なりしに反し此は是目前の出來事なり。假令敬虔の意と誠実の態度とに於いては敢て彼を凌ぐことを得と言ふ能はざらんも人の耳を經ること多からず人の口と筆とを倩ひたること甚だ僅なりし點に於いては彼の淡泊無邪氣なる大納言殿却つて來り聽くに値せり。近代の御伽百物語の徒に至りては其志や既に陋且つ決して其談の妄誕に非ざることを誓ひ得ず。窃に以て之と隣を比するを恥とせり。要するに此書は現在の事實なり、單に此のみを以てするも立派なる存在理由ありと信ず。唯源ぴよ子は年僅に二十一二自分も之に一歳長ずるのみ。今の事業多き時代に生れながら問題の大小をも辨へず、其力を用ゐる所當を失へりと言ふ人あらば如何。明神の山の首吊の如くあまり其舌を埀らしあまりに其目を丸くし過ぎたりと責むる人あらば如何。はて是非もなし。此責任のみは自分が負はねばならぬなり。
  宙ぶらり飛ばず落ちざる
     おちかたの森の首吊笑ふらんかも

猿野物語(1992)その02


〔附記〕此書の筆者柳戸國男氏は昭和六十年夏卒したり。我此書の湮滅せんを懼れ此所に卷之一のみにても梓行し廣く世間の耳目を集め故人の志に報ふる事を欲す。
 柳子人となり頓狂奇怪、誠に此人を以て天下の大奇人と爲すべし。怪説を悦び常に之を筆録す。其數三千を下らず。在人の曰く、何故斯る下らぬ話を蒐集せるかと。柳子答へて曰く、下らざる故なり、と。當に大人と云ふべし。
 又、辭世に曰く
  怪説に憑かれ疲れし我事を
     油屋の猫笑ふらんかも
(壬申年五月、濱中子恠識)

猿野物語(1992)その03

猿野物語 卷之一目録 柳戸國男筆録


   カヘル  オンリヤウ 
〔一〕蛙の怨靈
   アク  ジフジカ 
〔二〕惡の十字架
   アヲ  チ 
〔三〕蒼い血
   ネコ  タマシヒ 
〔四〕猫の魂
   アクマ   ヌヒグルミ 
〔五〕惡魔の縫包
   シンカンセン  クワイ 
〔六〕新幹線の怪
   キヨウフ  ネコヲンナ 
〔七〕恐怖の猫女
   ヒザ  ヒヨウレイ 
〔八〕膝の憑靈
   ノロヒ  カメ 
〔九〕咒の龜
   アブラヤ  ネコ 
〔十〕油屋の猫

猿野物語(1992)その04

猿野物語卷之一     柳戸國男筆録


〔一〕岩埜範明君は西府町の人なり。梅雨の候、彼女と逢引せんとて自動車に乘り夜の街を立ち出で田の畔にて愛を語りたり。折しも周邊の田地蛙の啼く聲喧々たり。ラヂオはピアノ曲を流しあれども千萬の蛙には敵はず。やかましく思ひてラヂオの音量のつまみをひねらんとせしに、彼女の曰く『蛙の? 怨靈』。

猿野物語(1992)その05

〔二〕同君祖母君上京の節、某百貨店に早朝出掛けたり。午前七時なれば閉まりて人もなし。入口に下りたる札を見るに「午前十時開店」とあり。曰く『惡の十字架』。

猿野物語(1992)その06

〔三〕昨年冬、猿野郷の人々吸血鬼の出沒を噂す。中にも荒井幽鬼氏の姪は今に首筋に牙の痕ありと云ふ。かの姪吸血鬼に血を吸はれたる折、吸血鬼口に血を滿たしつゝ、嬉しげに一言呟きたるが耳に殘りて離れずと言ふ。曰く『あー美味血』

猿野物語(1992)その07

〔四〕中嶋二朗君祖母君猫を甚だ寵愛す。これを「たま」と名付く。春のこととて猫さかりつきて啼き叫ぶこと限りなし。中嶋君大學受驗の年なれば祖母君気を遣ひて、猫に曰く『たま、しい』

猿野物語(1992)その10

〔七〕池田義廣君の祖父君は湊町の漁夫なり。波風烈しき日漁に出ずして終日港にて網を編みたり。この日早朝より波止場に老婆あり。眼光炯々として白髪風に逆立ち如何にも恐ろしげなる樣子なり。日頃見ざる人なれば聲もかけず。沖合を望みて片時も動かず。暮れ方に及べば祖父君不審して聲をかくるに、老婆の呟きて曰く『恐怖猫女』

猿野物語(1992)その11

〔八〕辰新田の佐藤實雪君は臆病なる人なり。或日學校に於いて同級生に「お前の膝に男子の靈憑きゐたり」と言はれ、大いに懼る。二三日夢遊病の如し。而るに級友彼を見て笑ふ。その由を尋ぬるに誰一人答ふる者なし。唯笑ふばかりなり。殆ど狂はんばかりとなりたり。四日目に登校する能はず、床に伏したるに、級友大擧して見舞に來たり、憑靈のこと尋ぬれば笑ひ堪へ難き有樣なり。猶も問へば、一人の曰く『膝小僧』